ノラや [… 猫作品(国内・海外)]
◇ ◆ ◇ あらすじ ◇ ◆ ◇
内田百閒(門構えに月)先生の家にいつの間にか居ついた猫ノラ。ついで家に入り込んできたクル。ノラはある日突然帰ってこなくなり、クルは闘病の末に百鬼園先生の見守る前で死んでいく。決して猫好きではないのだと言いながらノラをクルを愛した先生の随筆集。
◇ ◆ ◇ 感 想 ◇ ◆ ◇
猫好きな人にはこれと「猫語の教科書」は是非にという。この本は小説ではないが、ノラやクルへの温かな愛情が行間から滲みだすようだ。野良猫の生んだ子であるノラを可愛がり、鯵をあたえ、牛乳は高いほうしか飲まない生意気な猫だといいながら、プリンも好きだ、寿司に入っている玉子も好きだと目を細めている。
ノラはある日突然帰ってこなくなる。ひとしきりうろたえた後で迷い猫の広告をうち、懸賞をかけ、似た猫がいると聞けば見に行き、英字広告まで出す先生の切なく狂おしい気持ちは、猫飼いだけではなくてペットを飼っている人全てに通用する心理と思う。そして真剣な百鬼園先生の姿に涙腺のあたりがむずっとし、自分の飼っている猫どものことをいとしく思う。
やがて帰ってこないノラの代わりにクル(正式名はクルツらしい)が居つき、ふとした仕草がノラに似ていると涙ぐみながらもクルをやはり可愛がる。鯵を含む青魚は猫には良くないと聞いたので、自分の晩酌の刺身をクルにもわけてやるために「鰈は好きだし大丈夫」といってしまうような可愛らしさも感じる。
クルは野良だったものがいついたので実際の年齢はよくわからず、どうも老衰かそれに近い状態で死んだようなのだが、このクルのために往診をしょっちゅう頼んだり入院させたりと、振り回されっぱなしの生活がつづられている。
「私はたつた一匹づつの猫でこんなにひどい目に遭ふ。そうしてその後を引いていつ迄も忘れれない。猫は人を悲しませる為に人生に割り込んでゐるのかと思ふ」
猫を愛し、失った人の真情だと思う。
また、随所に猫の仕草や姿が描写されていて、それはとても愛らしい。ノラが風呂桶の桟に頭を乗せて大の字で寝ている様子、上半身をひねって撫でてくれと催促する様子。クルがあごをかいてくれとせがむ様子。どこにでもいる雑種の猫たちなのだが、まぶたの裏に浮かぶようだ。ずっと昔にいた珍しくもない雑種の猫。けれどそこに命があったという感触がする。私が猫好きだから思うことなのかもしれないけど。